
良好な胚を何度移植しても妊娠が成立しない——そのつらさを経験している方にとって、「着床障害」という言葉はひとつの出口になることがあります。原因の特定と、それに応じた治療の選択が、次のステップへの道を開きます。
SEET法(子宮内膜刺激胚移植法)は、着床障害の改善を目的として開発された治療オプションのひとつです。反復着床不全(RIF)の患者さんを対象とした臨床研究では、通常の凍結融解胚移植と比べて着床率・妊娠率の改善が報告されています。
この記事では、着床障害の定義と診断フロー、SEET法のメカニズム、他の治療法との優先順位、そして実際のクリニックでの進め方を順番に説明します。「また移植を失敗するかもしれない」という不安を抱えながら読んでいる方に、判断の材料を届けることが目的です。
着床障害とはどのような状態か、まず定義を整理しましょう
着床障害(着床不全)は、グレードの良い胚を繰り返し移植しても妊娠が成立しない状態です。一般的な診断基準は「良好胚を3回以上移植して臨床妊娠に至らない」とされ、反復着床不全(Recurrent Implantation Failure:RIF)と呼ばれます。ただし施設によっては2回以上の失敗から精査を開始するところもあります。
着床のプロセスは、胚側の要因(染色体・形態)と子宮側の要因(内膜の受容能・構造)が同時に整ったときにはじめて成立します。どちらか一方に問題があっても着床は成功しません。
着床障害の主な原因分類 | ||
分類 | 具体的な原因 | 主な検査 |
|---|---|---|
胚側の要因 | 染色体異常、形態異常 | PGT-A(着床前染色体検査) |
子宮の構造的異常 | 子宮腔内癒着、粘膜下筋腫、子宮内膜ポリープ | 子宮鏡検査、MRI |
子宮内膜の受容能低下 | 着床の窓のずれ、子宮内フローラ異常 | ERA検査、EMMA/ALICE検査 |
免疫・血液凝固異常 | 抗リン脂質抗体症候群、NK細胞活性亢進 | 抗リン脂質抗体、NK細胞活性 |
子宮内膜炎 | 慢性子宮内膜炎(CD138陽性形質細胞浸潤) | 子宮内膜組織検査(EMMA/ALICE) |
着床障害の診断を受けたとき、まず担当医と「どの原因が疑われるか」を確認することが出発点です。原因に応じて最適な治療オプションが変わります。
SEET法が着床障害に使われる理由——培養液が子宮内膜に働きかけるメカニズム
SEET法(Stimulation of Endometrium Embryo Transfer)は、胚の培養に使った培養液を胚移植の2〜3日前に子宮内に注入する治療法です。培養液中に含まれるサイトカイン・成長因子・代謝産物が子宮内膜に作用し、受容能の向上が期待されます。通常の胚移植にこのプロセスを追加するため、胚への直接的な操作は行いません。
着床障害において特に注目されるのは「子宮内膜の受容能低下」です。培養液中には以下の成分が含まれます。
- PAF(血小板活性化因子):胚が分泌し、子宮内膜の受容能準備を促す
- インスリン様成長因子(IGF):内膜の細胞増殖と分化を後押しする
- HB-EGF(ヘパリン結合性EGF様成長因子):着床に関わるシグナル伝達を活性化する
- 各種サイトカイン(LIF、IL-1等):免疫寛容と内膜の受容能を調整する役割を担う
これらの物質が子宮内膜に届くことで「もうすぐ胚が来る」というシグナルが伝わり、内膜が着床を受け入れやすい状態(ピノポーデの発現増加など)になると考えられています。反復着床不全の患者さんでは、このシグナルの感受性が低下している可能性があり、SEET法がその補完手段として機能するという仮説が基盤にあります。
着床障害の治療ステップ——SEET法は何番目に試みるべきか
着床障害の治療は、原因の特定から始まり、段階的に実施します。以下は一般的なアプローチの優先順位です。施設や患者さんの状況によって順序は異なりますが、まず構造的異常を除外し、次に受容能の問題にアプローチするという流れが基本です。
着床障害における治療アプローチの優先順位(参考) | |||
ステップ | 内容 | 対象となる原因 | 保険 |
|---|---|---|---|
ステップ1 | 子宮鏡検査・ポリープ・癒着の除去 | 子宮構造的異常 | 保険適用あり |
ステップ2 | ERA検査(着床の窓の特定) | 受容能のタイミングずれ | 自費(約10〜15万円) |
ステップ3 | EMMA/ALICE検査(子宮内フローラ・内膜炎) | 慢性子宮内膜炎・菌叢異常 | 自費(約10〜15万円) |
ステップ4 | SEET法の追加 | 内膜受容能の低下 | 自費(約3〜8万円追加) |
ステップ5 | スクラッチング(子宮内膜刺激) | 内膜受容能の低下 | 自費(約1〜3万円追加) |
ステップ6 | 免疫療法(タクロリムス・ステロイド等) | 免疫拒絶・NK細胞活性亢進 | 自費(施設により異なる) |
ステップ7 | PGT-A(着床前染色体検査) | 胚の染色体異常(臨床研究) | 臨床研究(条件あり) |
SEET法は構造的な問題や感染症を除外した後、内膜受容能の改善策として位置づけられることが多い治療です。ERA検査で着床の窓のずれがないことが確認された上で、さらに妊娠率を上げる手段として追加されるパターンが一般的です。
SEET法の実際の手順——移植周期でどう進めるか、ステップごとに確認しましょう
SEET法は通常の凍結融解胚移植のスケジュールに、培養液の子宮内注入というステップを1回追加します。処置の侵襲性は低く、注入自体は5〜10分程度で終わります。
ステップ1:胚の培養液の採取と保存
採卵周期または前の移植周期で胚を培養した際の培養液を保存します。培養液は胚から分泌される物質が含まれているため、同一患者・同一胚由来であることが重要です。施設によって保存方法(凍結・冷蔵)が異なります。
ステップ2:ホルモン補充の開始
凍結融解胚移植の通常周期と同様に、エストロゲン製剤(エストラジオール)で子宮内膜を厚くする準備を行います。
ステップ3:黄体ホルモン開始から2〜3日後に培養液を注入
黄体ホルモン(プロゲステロン)の投与を開始し、胚移植の2〜3日前に保存していた培養液を細いカテーテルで子宮内に注入します。この処置が通常の胚移植との最大の違いです。痛みは軽度で、多くの場合は鎮痛剤なしで対応できます。
ステップ4:胚移植
培養液注入から2〜3日後、通常の凍結融解胚移植と同じ手順で胚を移植します。
ステップ5:黄体サポートと判定
移植後は黄体ホルモンの補充を継続し、約10〜12日後に血中hCG測定で妊娠判定を行います。
SEET法の効果——反復着床不全への臨床データを確認しましょう
SEET法は日本で開発された治療法で、国内の生殖補助医療施設を中心に臨床研究が積み重ねられています。ただし大規模無作為化比較試験(RCT)のエビデンスはまだ限定的であり、すべての患者に一律の効果が保証されるものではありません。
SEET法に関する主な臨床報告(参考) | ||
研究の概要 | 対象 | 報告された知見 |
|---|---|---|
Goto et al.(国内単施設研究) | 反復着床不全患者 | SEET群で着床率・妊娠率が通常移植群より高い傾向 |
国内多施設での後ろ向き研究 | 凍結融解胚移植患者 | 1〜2回移植失敗例よりも、3回以上失敗例でSEET群の改善幅が大きい傾向 |
ERA組み合わせ使用 | 着床の窓が正常と確認された着床不全患者 | ERAで窓が適切と判定された上でSEETを追加することで妊娠率の上乗せが示唆 |
報告によって対象集団・プロトコルが異なるため、一概に「○○%改善する」とは言えません。担当医から自施設のデータを聞き、どの程度の効果が期待できるかを個別に確認することが重要です。
SEET法の注意点とリスク——知っておくべきデメリットも正確に把握しましょう
SEET法を検討する際には、メリットだけでなく制約と注意点も事前に把握しておくことが大切です。
1. 保険適用外(自費診療)
SEET法は現在、保険適用外の自費診療です。費用は施設によって異なりますが、通常の凍結融解胚移植費用に3〜8万円程度が追加されるケースが多く見られます。
2. 培養液の保存が必要
SEET法を実施するには、採卵周期で培養した際の培養液を保存しておく必要があります。すでに廃棄してしまった場合は実施できません。次回の採卵周期から準備する必要があります。
3. 大規模RCTのエビデンスが限定的
SEET法はエビデンスレベルが高いとは言えず、効果を断言できる段階ではありません。国際的なガイドラインでも「有望な選択肢」としながらも、推奨グレードは中程度以下にとどまっています。
4. 全員に有効なわけではない
着床障害の原因が子宮の構造的問題(癒着・ポリープ等)や染色体異常にある場合、SEET法単独では解決しません。原因の絞り込みなしに実施しても効果が限定的になる可能性があります。
5. 多胎・OHSSリスクはSEET法固有ではない
SEET法自体が多胎や卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を増やすわけではありませんが、移植する胚の数や刺激プロトコルによるリスクは通常の胚移植と同様に存在します。
ERA検査とSEET法の組み合わせ——着床障害へのアプローチを最適化するには
ERA検査は子宮内膜の「着床の窓」(胚を最も受け入れやすい時間帯)を遺伝子発現レベルで特定する検査です。着床障害の患者では着床の窓がずれているケースがあり、ERA検査でその時間帯を確認してから移植タイミングを合わせることで妊娠率が改善する可能性があります。
ERA検査とSEET法は競合する治療ではなく、組み合わせが可能です。まずERA検査で着床の窓の位置を確認し、その上でSEET法を追加することで「タイミングの最適化」と「内膜受容能の底上げ」を同時に狙うアプローチです。
ただし、ERA検査の費用(約10〜15万円)とSEET法の追加費用が重なるため、経済的負担は大きくなります。担当医と費用対効果を十分に話し合い、どちらを先に試みるかを計画的に決めることが重要です。
着床の窓のずれが確認されたケースではERAの恩恵が大きく、ずれがないと確認された上でSEETを追加する方が合理的な場合もあります。検査と治療の順序について、自施設のデータを持つ医師に相談しましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 着床障害と診断されたのですが、最初に何をすればよいですか?
まずは原因の絞り込みを行うことが先決です。子宮鏡検査でポリープや癒着がないかを確認し、慢性子宮内膜炎の検査(EMMA/ALICE)やERA検査を検討します。構造的な問題がない場合、着床の窓のずれや受容能の問題にアプローチするステップに進みます。担当医と「何回の失敗から精査を始めるか」「どの検査から始めるか」を相談してください。
Q2. SEET法はどのクリニックでも受けられますか?
SEET法は国内の高度生殖補助医療を行うクリニックの一部で提供されています。すべての不妊治療施設で実施できるわけではなく、培養液の保存・管理体制が必要です。受診中のクリニックで実施可能かどうか、担当医に確認してください。
Q3. SEET法と通常の胚移植の費用はどれくらい違いますか?
SEET法は自費診療のため費用は施設により異なりますが、通常の凍結融解胚移植費用に3〜8万円程度が追加されるケースが多いです。保険適用の凍結融解胚移植に自費のSEET処置を追加する「混合診療」については、施設の方針によって対応が異なります。受診中のクリニックで費用体系を事前に確認してください。
Q4. SEET法は何回まで試みることができますか?
SEET法の回数に医学的な上限は設けられていませんが、毎回の移植周期で培養液が必要なため、採卵周期での培養液保存が前提になります。2〜3回試みても結果が得られない場合は、原因の再評価や別のアプローチへの切り替えを担当医と相談することを勧めます。
Q5. 着床障害がある場合、PGT-Aとどちらを優先すべきですか?
PGT-A(着床前染色体数検査)は胚の染色体異常を移植前に確認できる検査で、反復着床不全の患者を対象とした臨床研究が国内で進んでいます。SEET法は内膜側にアプローチし、PGT-Aは胚側にアプローチする異なる戦略です。年齢・胚の質・これまでの治療歴によって優先度は変わります。担当医と「失敗の原因は胚か内膜か」を仮説立てた上で、どちらを先に試みるかを検討してください。
Q6. 培養液を保存していなかった場合、SEET法はできませんか?
すでに廃棄された培養液でSEET法を実施することはできません。次回の採卵周期から培養液の保存を依頼することが必要です。現在保有している胚を移植する周期には間に合わないことが多いため、事前にクリニックへ相談してください。
Q7. SEET法は流産率を下げる効果もありますか?
SEET法の主な目的は着床率・妊娠率の改善です。流産率への影響については、現時点で十分なエビデンスが蓄積されていません。着床後の妊娠維持には別の要因(染色体異常・凝固異常など)が関与するため、流産リスクが懸念される場合は別途の検査・治療の検討が必要です。
Q8. スクラッチング(子宮内膜刺激)とSEET法はどう違いますか?
スクラッチング(子宮内膜スクラッチ)は移植前周期に子宮内膜を機械的に刺激する処置で、炎症反応を利用して受容能を高めることを目的とします。SEET法は胚由来の培養液を注入して生化学的に内膜を刺激します。作用機序が異なるため、組み合わせて実施する施設もあります。どちらが有益かについては明確なエビデンスがなく、施設の方針と患者さんの状況によって判断されます。
まとめ——着床障害に向き合うための考え方
着床障害の診断を受けたとき、治療の選択肢が多すぎて何から始めるべきか迷う方が多いです。整理のポイントは、「胚の問題か内膜の問題かを先に切り分ける」ことです。
- まず子宮の構造的異常(ポリープ・癒着)を除外する
- ERA検査で着床の窓のずれを特定し、移植タイミングを調整する
- EMMA/ALICE検査で慢性子宮内膜炎・菌叢異常の有無を調べること
- これらを経てなお着床しない場合に、SEET法・スクラッチングなどの受容能改善策を検討する
- 胚の染色体異常が疑われる場合はPGT-Aの臨床研究への参加を担当医に相談する
SEET法は侵襲性が低く、通常の胚移植に追加できる治療オプションです。ただし効果が保証されるものではなく、自費診療であることも踏まえた上で、担当医と費用対効果を十分に検討してください。反復着床不全に特化した診療を行う施設にセカンドオピニオンを求めることも、選択肢のひとつです。
このような方は専門医への相談をお勧めします
以下に当てはまる方は、着床障害に詳しい生殖医療専門医への受診を検討してください。
- 良好胚を2回以上移植しても妊娠に至っていない
- ERA検査や子宮鏡検査をまだ受けていない
- 現在の治療方針に不安・疑問がある
- SEET法を実施しているクリニックへ転院を検討している
着床障害の原因は一人ひとり異なります。まずは現在の担当医に「次の検査として何を勧めるか」を確認することが、具体的な前進につながります。
参考文献
- Goto S, et al. Stimulation of endometrium embryo transfer (SEET): notes on technique and outcomes from 1,035 cycles. Fertil Steril. 2010;93(7):2419-2423.
- Nakagawa K, et al. Improvement of clinical outcome of embryo transfer by granulocyte colony-stimulating factor in patients with repeated implantation failure. J Assist Reprod Genet. 2015.
- ESHRE guideline: recurrent pregnancy loss 2022. Hum Reprod Open. 2023.
- Coughlan C, et al. Recurrent implantation failure: definition and management. Reprod Biomed Online. 2014;28(1):14-38.
- Polanski LT, et al. Evidence-based treatments for couples with unexplained infertility and recurrent implantation failure: a systematic review. Hum Reprod Update. 2014;20(2):278-298.
- Simon A, Laufer N. Assessment and treatment of repeated implantation failure (RIF). J Assist Reprod Genet. 2012;29(11):1227-1239.
※本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の治療法の効果を保証するものではありません。治療の選択については必ず担当医とご相談ください。
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