
「着床しない」という状態には、胚(受精卵)側の問題と子宮側の問題、そして免疫系の問題が複合的に関わっていることが知られています。体外受精を3回以上繰り返しても妊娠に至らない「着床不全」は、不妊治療中のカップルの10〜15%に認められると報告されています(日本生殖医学会, 2023)。原因を正確に切り分けることが、次の治療ステップを決める上で最も重要なプロセスです。この記事では、着床が成立しないメカニズムを胚因子・子宮因子・免疫因子の3軸に整理し、各原因に対応する最新の検査法と治療の方向性を解説します。
この記事のポイント
- 着床不全の原因は「胚の染色体異常(50〜70%)」「子宮環境の問題」「免疫・炎症反応」の3軸に分類される
- ERA検査で「着床の窓」のずれを特定し、胚移植タイミングを個別最適化できる
- 慢性子宮内膜炎(CD138検査)や子宮内フローラ(EMMA/ALICE検査)など、新しい検査で従来見落とされていた原因が発見されるケースがある
着床しない原因は大きく3つに分かれる
着床が成立しない場合、まず原因を「胚因子」「子宮因子」「免疫・その他因子」の3つに分類して考えることが基本です。この3軸で切り分けることで、どの検査を優先すべきかが明確になります。複数の原因が重なっているケースも少なくないため、一因を解決しても妊娠に至らない場合は他の軸も見直す必要があります。
胚因子(受精卵の問題)
着床不全の最多原因は受精卵の染色体異常とされており、全体の50〜70%を占めると報告されています(Munné S, et al., Fertility and Sterility, 2019)。染色体異常のある胚は着床しないか、着床しても初期に流産することがほとんどです。加齢により卵子の染色体分配エラーが増えるため、35歳以降で急増する傾向にあります。
子宮因子(子宮環境の問題)
子宮内膜の形態・厚さ・炎症状態、子宮の形態的異常(子宮筋腫・ポリープ・子宮中隔など)が着床を妨げることがあります。子宮内膜が7mm未満の薄い状態では着床率が低下するとされており、8〜12mmが着床に適した範囲と考えられています。
免疫・その他因子
胚を異物と認識して排除しようとする免疫反応の異常、血栓を形成しやすい抗リン脂質抗体症候群なども着床不全の原因となります。着床期には免疫寛容(胚を受け入れる機序)が正常に機能する必要があります。
胚側の問題:染色体異常と卵子・精子の質
胚側の着床不全の主因は染色体の数的異常(異数性)です。正常な胚は23対46本の染色体を持ちますが、染色体の数が増減した胚は着床しないか着床しても継続しません。PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)で正常染色体の胚を選別して移植した場合、35歳未満では妊娠率が60〜70%まで向上するとされています。
加齢と卵子の質
卵子の染色体異常率は年齢とともに上昇します。35歳で約40%、40歳では60〜70%の卵子に染色体異常があるとされており(Hassold T, et al., Nature Reviews Genetics, 2007)、これが年齢とともに着床率・妊娠率が低下する最大の理由です。卵子の質を直接改善する確立された治療法は現時点では存在しませんが、生活習慣の改善(禁煙・適正体重の維持・葉酸摂取)や抗酸化サプリメントの摂取が卵子の質に影響する可能性があると報告されています。
精子の質(DNA断片化)
受精には成功しても、精子DNA断片化率が高い場合は胚の発育が停止したり着床しなかったりすることがあります。DFI(DNA断片化指数)が25〜30%以上の場合は着床率・妊娠率が低下するという報告があります(Bungum M, et al., Human Reproduction Update, 2007)。酸化ストレスや高熱、喫煙がDNA断片化を増加させるとされています。
子宮内膜の問題:厚さ・着床の窓・形態異常
子宮内膜は受精卵を受け入れるための土台となる組織です。内膜の厚さが不十分な場合、着床の窓(implantation window)と呼ばれる受け入れ可能な時期がずれている場合、または内膜自体に形態的・炎症的な問題がある場合に着床不全が生じます。これらの問題を評価するための検査が近年大きく進歩しています。
着床の窓(ERA検査)
着床の窓とは、子宮内膜が胚を受け入れられる状態になる時間帯のことです。一般的にはホルモン補充周期でプロゲステロン投与開始から5日目(120時間後)が標準とされていますが、個人差があります。ERA(子宮内膜受容能検査)は子宮内膜の遺伝子発現を調べて「受容期」「非受容期」「前受容期」「後受容期」のどの状態にあるかを判定する検査です。着床不全の患者の約25〜35%に着床の窓のずれが認められるという報告があり、ERA結果に基づいて移植タイミングを調整することで着床率が改善したとするデータがあります(Ruiz-Alonso M, et al., Fertility and Sterility, 2013)。
子宮内膜の厚さと血流
内膜厚が7mm未満では着床率が低下するとされており、8〜12mmが理想的とされています。ただし内膜厚だけで着床能を判断することには限界があります。内膜の血流が不十分な場合にも着床率が低下することがあり、子宮血流を評価するドプラ超音波検査が用いられることがあります。
子宮の形態的異常
子宮筋腫(特に粘膜下筋腫)、子宮内膜ポリープ、子宮中隔、子宮腔癒着(アッシャーマン症候群)は着床の物理的障害となります。子宮鏡検査で直接内腔を観察し、必要に応じて手術的に除去することが検討されます。粘膜下筋腫の除去により妊娠率が改善するという報告がある一方、漿膜下筋腫は着床への影響が小さいとされています。
慢性子宮内膜炎:見落とされがちな着床不全の原因
慢性子宮内膜炎(CE: Chronic Endometritis)は症状が乏しいため見落とされやすい疾患ですが、着床不全や反復流産との関連が指摘されています。着床不全の患者の30〜60%に慢性子宮内膜炎が認められるという報告があり、原因不明の着床不全を調べる際に重要な検査対象です。
CD138検査による診断
慢性子宮内膜炎の診断には、子宮内膜組織を採取してCD138陽性の形質細胞の存在を免疫染色で確認するCD138検査が行われます。子宮鏡検査でも内膜の微小ポリープや充血といった所見を確認できますが、CD138検査と組み合わせることで診断精度が高まります。抗菌薬による治療で慢性子宮内膜炎を改善した後、着床率・妊娠率が向上したとする研究が複数報告されています。
子宮内フローラ(EMMA・ALICE検査)
子宮内にも腸内フローラと同様に細菌叢が存在し、ラクトバチルス属が90%以上を占める状態が着床に有利とされています。EMMA(子宮内膜マイクロバイオーム評価)検査ではラクトバチルスの割合と多様性を評価し、ALICE(感染性慢性子宮内膜炎)検査では病原菌の有無を調べます。子宮内フローラの異常が着床率に影響する可能性が研究されていますが、検査・介入の有効性についてはまだ研究が蓄積されている段階です。
免疫因子:胚を「異物」と認識してしまう問題
着床には、母体免疫系が胚を異物として攻撃しないよう「免疫寛容」のメカニズムが機能する必要があります。この調節機構に異常がある場合、着床不全や初期流産が繰り返されることがあります。抗リン脂質抗体症候群やNK細胞活性の異常が主な検討対象です。
抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群(APS)は、抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントなどの自己抗体が産生され、胎盤の血栓形成を引き起こす疾患です。反復流産・死産の15〜20%に関与するとされており(日本産科婦人科学会)、低用量アスピリンとヘパリンの併用療法が標準的な治療として推奨されています。
子宮NK細胞と免疫寛容
子宮内膜には子宮NK(ナチュラルキラー)細胞が存在し、正常な着床を助ける役割を担っています。しかし、このNK細胞が過活性になると胚への免疫攻撃が強まる可能性が指摘されています。末梢血NK細胞活性の検査が行われることがありますが、子宮NK細胞と末梢血NK細胞の関係はまだ十分に解明されていません。この分野の検査・治療については、専門クリニックでの詳細な相談が必要です。
Th1/Th2バランスと着床
免疫応答にはTh1(炎症促進)とTh2(炎症抑制・妊娠維持)のバランスが重要とされています。Th1優位の状態では胚への攻撃が強まる可能性があり、タクロリムスなどの免疫調整薬を用いる試みが一部のクリニックで行われています。ただし、この治療法は先進医療の位置づけであり、エビデンスが蓄積中の段階です。
検査で原因を切り分ける:着床不全の精密検査一覧
着床不全の原因検索には段階的なアプローチが推奨されます。まず基本的な子宮形態評価と血液検査を行い、それで原因が特定できない場合に分子生物学的な精密検査へと進むのが一般的な流れです。
検査名 | 目的 | 対象因子 | 保険適用 |
|---|---|---|---|
経膣超音波 | 内膜厚・子宮形態評価 | 子宮因子 | 適用あり |
子宮鏡検査 | ポリープ・筋腫・癒着確認 | 子宮因子 | 適用あり |
ERA検査 | 着床の窓のタイミング評価 | 子宮因子 | 自費(先進医療) |
CD138検査 | 慢性子宮内膜炎の診断 | 子宮因子(炎症) | 施設により異なる |
EMMA・ALICE検査 | 子宮内フローラ・病原菌評価 | 子宮因子(細菌叢) | 自費 |
PGT-A | 胚の染色体異常検査 | 胚因子 | 先進医療(一部施設) |
精子DNA断片化検査 | 精子DNA損傷率の評価 | 胚因子 | 自費 |
抗リン脂質抗体検査 | APS診断 | 免疫因子 | 適用あり(条件による) |
Th1/Th2比検査 | 免疫バランス評価 | 免疫因子 | 自費 |
何回の移植失敗から「着床不全」と判断するのか
「着床不全(RIF: Recurrent Implantation Failure)」の定義は施設や学会によって異なりますが、良質な胚を3回以上移植しても臨床妊娠(胎嚢確認)に至らない状態を指すことが多いとされています。ただし現在、国際的に統一された定義は存在しません。
注意すべきは、1〜2回の移植失敗は統計的に珍しくないという点です。正常染色体の胚を移植した場合でも1回の移植での妊娠率は50〜70%程度であり、2回の移植で妊娠できない確率は15〜25%と計算されます。そのため、2回以内の移植失敗で精密検査を急ぐ必要は必ずしもないとされています。一方で35歳以上や高齢女性では、時間的制約を考慮して早めに検査を進めることが選択肢となります。主治医と相談しながら、個別の状況に応じた判断が重要です。
着床しない原因と次のアクション:判断ツリー
着床不全の原因によって、次のステップは異なります。自分がどの状況にあたるかを整理し、主治医との相談に活用してください。
状況別・次のアクション目安
- 初回〜2回目の移植失敗:子宮鏡・超音波など基本検査を確認し、次の移植周期を検討
- 3回以上の移植失敗で原因不明:ERA・CD138・EMMA/ALICE・抗リン脂質抗体などの精密検査を検討
- 高齢(38歳以上)・AMH低値:PGT-A実施(先進医療)を主治医と相談
- 反復流産を伴う着床不全:抗リン脂質抗体・Th1/Th2比・NK細胞活性などの免疫検査を相談
- 精液所見に問題がある場合:精子DNA断片化検査、TESE/IMSI等の高度技術を相談
よくある質問(FAQ)
着床しないのは卵子の質が原因ですか?
着床不全の最多原因は胚(受精卵)の染色体異常であり、全体の50〜70%を占めると報告されています。染色体異常は主に卵子の老化(加齢)に伴って増加します。35歳以降で急増するため、35歳以上の方は特に「卵子の質」が着床に影響している可能性が高いとされています。ただし、卵子だけでなく子宮環境や免疫系の問題が重なっているケースも多く、一因のみで断定することはできません。
ERA検査は保険で受けられますか?
ERA検査は2024年時点で先進医療または自費診療の扱いとなっており、保険適用の対象外です。費用の目安は検査のみで8〜15万円程度とされていますが、施設によって異なります。先進医療として実施している施設では、不妊治療の保険診療と併用して受けられる場合があります。詳細は受診されているクリニックにご確認ください。
子宮内膜の厚さが薄いと着床できませんか?
子宮内膜の厚さが7mm未満の場合は着床率が低下する傾向にあり、一般的に8〜12mmが着床に適した範囲とされています。ただし、6〜7mmでも妊娠に至るケースはあります。内膜が薄い場合、エストロゲン投与量の調整やシルデナフィル(バイアグラ)の局所投与、PRP(多血小板血漿)療法などが試みられることがありますが、これらの治療効果については研究が進行中の段階です。薄い内膜の原因(血流不足・子宮腔癒着など)を評価することが先決です。
慢性子宮内膜炎はどんな症状がありますか?
慢性子宮内膜炎は症状が乏しいことが多く、「無症状」または「月経時の出血が少し増えた」「おりものが増えた」程度の軽微な変化にとどまるケースが大半です。そのため、自覚症状だけでは発見が難しく、不妊・着床不全の精密検査として子宮内膜組織のCD138免疫染色を行うことで初めて診断されることが多い疾患です。
着床不全の検査はどんな順番で受けるべきですか?
一般的には段階的なアプローチが推奨されます。まず超音波検査・子宮鏡検査・基本血液検査(ホルモン値・抗リン脂質抗体など)で形態異常や明らかな免疫異常を除外します。次に良質な胚で3回以上の移植失敗があればERA検査・CD138検査を、反復流産を伴う場合は免疫検査(Th1/Th2比など)を検討するというステップが多く選択されています。ただし検査の優先順位は年齢・移植回数・過去の妊娠歴などによって変わるため、担当医との相談が不可欠です。
PGT-Aを受けると着床率は上がりますか?
PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)は、移植前に正常染色体の胚を選別することで、1回あたりの移植あたり妊娠率を高める可能性があるとされています。ただし、移植できる胚が減少するリスクや、1サイクルあたりの妊娠率ではなく累積妊娠率に有意差が生じないとする研究もあります。35歳以上・反復着床不全・反復流産の方では恩恵を受けやすいと考えられています。日本では先進医療として実施している施設があります。詳細は主治医とリスク・ベネフィットを十分に相談した上で判断することが大切です。
まとめ
着床しない原因は、胚の染色体異常(50〜70%)・子宮環境の問題(内膜薄い・着床の窓のずれ・慢性子宮内膜炎など)・免疫因子(抗リン脂質抗体症候群・NK細胞異常など)の3軸に分類されます。ERA検査やCD138検査、EMMA/ALICE検査といった分子生物学的な検査により、従来では特定できなかった原因が発見されるケースが増えています。3回以上の移植失敗が続く場合や35歳以上で時間的制約がある場合は、主治医と精密検査の実施タイミングを相談することが選択肢となります。原因を特定した上で対応した治療を行うことが、着床成功への近道とされています。
着床しない原因について、専門医に相談してみませんか?
着床不全の検査・治療は、施設によって対応できる内容が異なります。ERA検査・PGT-Aなどの先進医療の実施状況も含めて、専門クリニックでご相談ください。
免責事項:本記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療を目的とするものではありません。記載されている内容は執筆時点の情報に基づいており、医学的知見は常に更新されます。症状や治療の判断については、必ず担当医師にご相談ください。
主な参考資料
- 日本生殖医学会「反復着床不全に関するガイドライン」(2023)
- 日本産科婦人科学会「不妊症・不育症診療ガイドライン」
- Munné S, et al. "Preimplantation genetic testing for aneuploidy versus morphology as selection criteria for single frozen-thawed embryo transfer in good-prognosis patients." Fertility and Sterility, 2019.
- Hassold T, Hunt P. "To err (meiotically) is human: the genesis of human aneuploidy." Nature Reviews Genetics, 2007.
- Ruiz-Alonso M, et al. "The endometrial receptivity array for diagnosis and personalized embryo transfer as a treatment for patients with repeated implantation failure." Fertility and Sterility, 2013.
- Bungum M, et al. "Sperm DNA integrity assessment in prediction of assisted reproduction technology outcome." Human Reproduction Update, 2007.
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