
プロテインS欠乏症と不育症の関係
プロテインS欠乏症は、血栓形成を抑制するタンパク質「プロテインS」が先天的または後天的に不足する状態で、不育症(反復流産)の原因として注目されている血栓性素因の一つです。日本産科婦人科学会のガイドラインでは、反復流産・死産の検索において血栓性素因スクリーニングが推奨されており、プロテインS活性・抗原の測定が標準的な検査項目に含まれています。
要約
- プロテインS欠乏症は日本人の不育症患者で有病率が高く、欧米人と比較して約3〜5倍の頻度で検出されるとされています
- 妊娠中はプロテインSが生理的に低下するため、非妊娠時の測定が診断の基本とされています
- 抗凝固療法(ヘパリン・低用量アスピリン)により次回妊娠での生児獲得率の改善が期待できるとされています
- 治療適応の判断は専門医との相談が必要であり、自己判断での服薬開始・中止は避けることが推奨されています
プロテインSの凝固制御メカニズム
プロテインSは、活性化プロテインC(APC)の補因子として機能し、活性化第Va因子および第VIIIa因子を不活化することで凝固カスケードを制御するタンパク質です。プロテインSが欠乏すると、この制御機構が破綻して血栓形成傾向(血栓性素因)が生じます。
妊娠に関連したメカニズムとして、胎盤への血流は脱落膜血管内の血液循環に依存しています。プロテインS欠乏による過凝固状態では、絨毛間腔や胎盤血管に微小血栓が形成されやすくなり、胎盤機能不全→胎児への酸素・栄養供給の低下→流産・死産というメカニズムが関与していると考えられています。
プロテインSにはいくつかの存在形式があります。血液中の総プロテインS(total protein S)のうち、約40%が遊離型(free protein S)として機能し、残り約60%はC4b-binding protein(C4bBP)と結合した複合体として存在します。活性を示すのは遊離型のみであるため、検査では「プロテインS活性」「プロテインS抗原(遊離型・総量)」を区別して測定することが重要とされています。
日本人における有病率と特徴
プロテインS欠乏症は日本人に特徴的な血栓性素因として、欧米と比較して高い頻度で認められるとされています。この人種差は遺伝的背景(後述のプロテインS遺伝子多型)によるものと考えられています。
有病率に関する研究報告では以下のようなデータが示されています。
- 健常日本人集団でのプロテインS欠乏症の頻度:約1〜5%とされています(欧米では0.03〜0.1%程度とされており、数十倍以上の差があるとする報告もあります)
- 反復流産患者(2回以上の流産歴)における検出率:報告によって差異がありますが、10〜15%程度とする研究が複数存在します
- プロテインS遺伝子変異:日本人ではプロテインS Tokushima(K155E変異)と呼ばれる特定の変異が多く検出されるとされており、この変異は欧米人にはほとんど見られないことが知られています
ただし、有病率・検出率は検査方法・診断基準・対象集団によって大きく異なるため、報告値の解釈には注意が必要とされています。また、プロテインS欠乏症が単独で不育症の「原因」であるか、あるいは複数の因子の一つであるかについては、現在も研究が続けられています。
検査方法と診断基準
プロテインS欠乏症の診断は、複数の検査値と臨床情報を組み合わせて行われます。単一の検査値だけで診断を確定させることは難しく、再現性の確認と他疾患の除外が重要とされています。
主な検査項目
検査項目 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
プロテインS活性 | 凝固系アッセイにより機能的活性を測定 | 最も基本的な指標。低下がある場合は抗原量も確認 |
プロテインS抗原(遊離型) | 遊離型プロテインSの量を測定 | 妊娠中は著明に低下するため非妊娠時に測定 |
プロテインS抗原(総量) | 遊離型+結合型の合計量 | 欠乏のタイプ分類に使用 |
プロテインC活性 | APCとの協調作用を確認 | プロテインC欠乏との鑑別 |
遺伝子検査 | プロテインS遺伝子変異の解析 | 保険適用外の場合が多く、研究的位置づけ |
欠乏症の分類
プロテインS欠乏症はWHO/ISTH分類によりType I〜IIIに分類されます。Type I(総抗原・遊離型抗原・活性がすべて低下)が最も多く、Type II(活性のみ低下、抗原量は正常)、Type III(遊離型抗原・活性が低下、総抗原は正常)があります。日本人ではType IIIが比較的多く報告されています。
診断のカットオフ値
一般的な正常下限は施設によって異なりますが、プロテインS活性60〜65%未満、遊離型プロテインS抗原量60〜65%未満を基準とする施設が多いとされています。ただし、診断にあたっては2回以上の測定で低値を確認し、ビタミンK拮抗薬内服・肝疾患・ネフローゼ症候群・播種性血管内凝固(DIC)などの二次的低下の除外が必要とされています。
妊娠中の生理的変動と注意点
妊娠中はプロテインSが生理的に著明に低下するため、妊娠中の検査値のみで欠乏症と診断することは困難とされています。非妊娠時の測定が診断確定において最も重要な原則です。
妊娠中のプロテインS変動
プロテインSは妊娠とともに低下し、特に遊離型プロテインS抗原量の低下が顕著とされています。妊娠初期からすでに低下が始まり、妊娠中期(妊娠20週前後)にかけて非妊娠時の40〜50%程度まで低下することが報告されています。この変化はエストロゲンによるC4bBPの増加(プロテインSとの結合が増加して遊離型が減少)と、妊娠に伴う血液凝固系の全般的な亢進によるものとされています。
このため、妊娠中にプロテインS活性や遊離型プロテインS抗原量が低値であっても、それが生理的変化か病的な欠乏かを区別することは難しいとされています。
正しい検査タイミング
- 分娩後・授乳期終了後の非妊娠時(産後3〜6か月以降が推奨されています)
- 経口避妊薬(OC/LEP)を内服していない状態(エストロゲン製剤もプロテインSを低下させます)
- 急性期疾患・炎症期・抗凝固薬内服中でないこと
不育症の精査を目的に検査を受ける場合は、流産後の体調回復後、次の妊娠を試みる前の時期が適切な検査タイミングとされています。すでに妊娠中に検査を受けて低値であった場合は、分娩後に再検査を行い診断を確定させることが推奨されています。
治療法(抗凝固療法)
プロテインS欠乏症に伴う不育症に対しては、抗凝固療法が主な治療選択肢として用いられます。ただし、治療の有効性に関するエビデンスは蓄積中であり、全員に一律に適応されるものではなく、既往の流産・死産の経緯・血栓症歴・他の不育症原因の有無などを総合的に判断して適応を決定することが必要とされています。
主な治療プロトコル
日本国内で一般的に行われている治療は、ヘパリン注射と低用量アスピリン(LDA)の単独または併用です。
治療法 | 投与内容(一例) | 開始・終了時期 |
|---|---|---|
未分画ヘパリン皮下注射 | 5,000単位/回、1日2回 | 妊娠判明後(または移植周期)〜分娩前まで |
低用量アスピリン(LDA) | 100mg/日(バファリン配合錠A81等) | 妊娠前または妊娠判明後〜妊娠34〜36週まで |
ヘパリン+LDA併用 | 上記の組み合わせ | リスクが高い症例に適応されることがあります |
治療成績に関するデータ
日本産科婦人科学会・日本生殖医学会の不育症研究班による報告では、血栓性素因を有する不育症患者に対するヘパリン療法により、次回妊娠での生児獲得率が改善するとされています。複数の後ろ向き研究・前向き研究において、ヘパリン投与群での生児獲得率は70〜80%台が報告されています(未治療対照群では40〜50%台とする報告と比較されています)。ただし、無作為化比較試験(RCT)のエビデンスは限られており、治療の確立した根拠としては今後の研究の蓄積が求められている状況とされています。
低用量アスピリン単独については、プロテインS欠乏症単独の場合の有効性に関するエビデンスは現時点では十分ではないとされており、抗リン脂質抗体症候群との合併がある症例での使用実績が主体とされています。
妊娠管理と分娩時の対応
プロテインS欠乏症と診断され妊娠を継続している場合、専門医(産婦人科・母体胎児医学専門医)による管理が推奨されます。胎盤機能・胎児発育・血栓症症状の監視が管理の中心となります。
妊娠中の管理ポイント
- 超音波検査による胎児発育・胎盤形態の定期的な評価(妊娠初期〜後期にわたって継続)
- ヘパリン投与中は血小板数・ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の監視
- 深部静脈血栓症(DVT)・肺血栓塞栓症(PE)の症状(下肢の疼痛・腫脹・呼吸困難等)に注意
- 必要に応じてドプラ超音波による胎盤血流評価
分娩時の対応
ヘパリン投与中の分娩では、出血リスクの管理が重要とされています。一般的には分娩予定日の24〜48時間前を目安にヘパリンを中断し、分娩後に再開するプロトコルが多く採用されています。硬膜外麻酔を使用する場合はヘパリン中断後の適切なインターバルの確保が必要とされており、麻酔科医との連携が推奨されています。
産後は静脈血栓塞栓症のリスクが高い時期であるため、産後のヘパリン継続期間(通常6〜12週間が多いとされています)についても担当医と相談することが重要とされています。
プロテインS欠乏症と不育症に関するよくある質問
Q1. プロテインS欠乏症と診断されたら必ず不育症になりますか?
必ずしも不育症になるわけではないとされています。プロテインS欠乏症は不育症のリスク因子の一つですが、欠乏症があっても正常に妊娠・出産される方も多くいます。欠乏の程度・他の血栓性素因の有無・既往の妊娠経過などを総合的に評価して、リスクを判断することが重要とされています。
Q2. 検査はいつ受ければいいですか?
妊娠前の非妊娠時、かつ経口避妊薬を服用していない状態での測定が最も適切とされています。すでに妊娠中または流産後の場合は、分娩・流産後3〜6か月を目安に測定することが推奨されています。妊娠中の低値は生理的変化と区別できないため、診断的価値が低いとされています。
Q3. 一度の検査で低かった場合、すぐに欠乏症と診断されますか?
通常、1回の低値だけでは欠乏症と確定診断されないとされています。二次的な低下(ビタミンK不足・肝疾患・急性炎症など)を除外し、間隔を置いた再検査で繰り返し低値が確認されることが必要とされています。
Q4. ヘパリン注射は毎日自己注射する必要がありますか?
未分画ヘパリンの皮下注射は通常1日2回の自己注射となります。多くの施設で注射の手技指導を行っており、習得できれば自宅での自己注射が可能とされています。低分子ヘパリン(日本では保険適用が限られます)を選択する場合は1日1回となることが多いとされています。投与方法は担当医の指示に従うことが重要です。
Q5. 治療中に副作用はありますか?
ヘパリンの主な副作用として、出血傾向の増加・ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)・長期投与による骨粗鬆症などが報告されています。定期的な血液検査(血小板数・凝固機能)による監視が必要とされています。低用量アスピリンでは消化管症状(胃部不快感など)が報告されることがあります。
Q6. 不育症の原因はプロテインS欠乏症だけですか?
不育症の原因は多岐にわたるとされており、抗リン脂質抗体症候群・子宮形態異常・染色体異常(カップル双方の染色体検査)・内分泌異常なども主な原因として挙げられます。プロテインS欠乏症単独で説明できない場合も多く、包括的な不育症スクリーニングを受けることが推奨されています。
Q7. 次の妊娠ではどのくらい生児を得られる可能性がありますか?
治療の有無・欠乏の程度・他の原因因子の有無によって大きく異なるとされています。専門的な管理下での抗凝固療法により、次回妊娠での生児獲得率が改善するとする報告が複数あります。個々の状況に応じた見通しは、担当医から詳しく説明を受けることを推奨します。
まとめ
プロテインS欠乏症は、日本人の不育症患者において比較的高い頻度で検出される血栓性素因であり、妊娠中の胎盤血栓形成を介して流産・死産に関与していると考えられています。診断には非妊娠時の複数回測定が必要であり、妊娠中の生理的変動との鑑別が重要です。治療はヘパリン皮下注射を中心とした抗凝固療法が主体で、適切な管理下では次回妊娠での生児獲得率の改善が期待できるとされています。
2回以上の流産歴がある場合や、原因不明の死産・後期流産がある場合は、不育症専門外来・母体胎児医学専門医への受診を検討することが重要とされています。一人で抱え込まず、専門医との継続的な相談のもとで治療方針を決定することをお勧めします。
当クリニックでは不育症の専門的な検査・カウンセリングを行っています。プロテインS欠乏症を含む血栓性素因の検索から治療方針の決定まで、丁寧にサポートしますのでお気軽にご相談ください。
参考文献
- 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023」
- 日本生殖医学会「生殖医療ガイドライン 2021」
- Miyakis S, et al. International consensus statement on an update of the classification criteria for definite antiphospholipid syndrome. J Thromb Haemost. 2006;4(2):295-306.
- Ohira T, et al. Prevalence of protein S deficiency in Japan: The Circulatory Risk in Communities Study (CIRCS). Thromb Res. 2015.
- 日本血栓止血学会「先天性血栓性素因(プロテインS欠乏症・プロテインC欠乏症・アンチトロンビン欠乏症)の診療ガイドライン」
- Bates SM, et al. VTE, Thrombophilia, Antithrombotic Therapy, and Pregnancy. Chest. 2012;141(2 Suppl):e691S-736S.
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※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の治療法を推奨するものではありません。症状や治療については、必ず担当医にご相談ください。
この記事を書いた人
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