
精子運動性のA〜D分類とは:WHO第6版の定義
精子の運動性は、WHO精液検査マニュアル(第6版、2021年)に基づき4つのカテゴリーに分類されます。この分類は精液検査の最も重要な指標の一つであり、自然妊娠・不妊治療の予後を判断する基準として世界中で使用されています。
WHO第6版の精子運動性分類(2021年)
分類 | 定義 | 旧名称(第5版) |
|---|---|---|
PR(前進運動) | 直線的または大きな円を描いて前進する精子 | クラスA+B |
NP(非前進運動) | 動いているが前進していない精子(小円を描くなど) | クラスC |
IM(不動精子) | まったく動いていない精子 | クラスD |
なお、旧WHO第5版(2010年以前の教科書・クリニックでよく見られる)では「A〜Dの4段階」が使用されていました。現在の多くのクリニックはWHO第6版に移行しつつありますが、A〜D表記のまま使用している施設もあります。
A〜D分類の詳細(旧WHO基準)
「A〜D」表記のクリニックで検査を受けた場合の定義は以下の通りです。
分類 | 定義 | 特徴 |
|---|---|---|
クラスA(高速前進運動) | 25μm/秒以上の速度で直線的または大きな円軌跡で前進 | 卵子への到達力が最も高い。妊孕性に最も寄与 |
クラスB(低速前進運動) | 25μm/秒未満で前進(直線的・緩やか) | 前進するが速度が遅い。自然妊娠には不利 |
クラスC(非前進運動) | 前進しないが動いている(回転・原位置) | 卵子に到達する可能性は低い |
クラスD(不動精子) | まったく動かない | 不動精子。ただし凍結融解後も一定数は顕微授精に使用可能 |
WHO基準値と「前進運動精子(PR)」の重要性
WHO第6版の正常下限値は以下の通りです(精子運動性に関する基準)。
パラメータ | WHO第6版 基準値(下限) |
|---|---|
総運動率(PR+NP) | 42%以上 |
前進運動率(PR) | 30%以上 |
総精子数(1回射精中) | 3,900万個以上 |
精子濃度 | 1,600万/mL以上 |
自然妊娠において最も重要なのは「前進運動精子(クラスAまたはPR)の数と割合」です。クラスAの前進運動精子が卵管を通過し卵子に到達するため、この精子の絶対数が少ないほど自然妊娠率は低下します。
前進運動精子の数と治療選択の目安
前進運動精子数(PR) | 治療の一般的目安 |
|---|---|
1,000万個以上 | 自然妊娠・タイミング法が可能 |
500万〜1,000万個 | 人工授精(AIH)を検討 |
100万〜500万個 | 体外受精(IVF)を検討 |
100万個未満 | 顕微授精(ICSI)が適応 |
ほぼ0(無精子症) | TESE・micro-TESEを検討 |
これらはあくまで目安であり、女性側の年齢・卵巣機能・不妊期間などを総合的に考慮した上で専門医が判断します。
精子運動率が低下する原因
前進運動率が基準を下回る「精子無力症(アステノゾオスペルミア)」の原因は多岐にわたります。
カテゴリー | 主な原因 |
|---|---|
感染症・炎症 | 前立腺炎・精巣上体炎・クラミジア感染 |
精索静脈瘤 | 精巣温度上昇→精子産生・運動障害 |
酸化ストレス | 活性酸素種(ROS)による精子膜・DNA損傷 |
ホルモン異常 | 低テストステロン・甲状腺機能異常 |
遺伝性疾患 | カルタゲナー症候群(線毛不動症)—全精子が不動 |
生活習慣 | 喫煙・過剰飲酒・サウナ・肥満・睡眠不足 |
採取条件 | 禁欲期間(短すぎ・長すぎ)・採取から検査までの時間 |
精子の運動率を改善できるか:エビデンスのある対策
運動率低下の原因が特定された場合、以下の対策で改善が期待できます。
医療的介入
- 精索静脈瘤手術:精子運動率・総精子数の改善率は術後6ヶ月で約60〜70%
- 感染症治療:前立腺炎・クラミジア治療後に精液パラメータが改善した報告あり
- ホルモン治療:低テストステロン・低ゴナドトロピン性性腺機能低下症に対してhCG・FSH製剤が有効
生活習慣の改善
- 禁煙:喫煙は前進運動率を約10〜15%低下させるとのデータがあります(禁煙で改善可能)
- アルコール制限:大量飲酒は精子運動率・テストステロンを低下させます
- 適切な体重管理:BMI30以上の肥満は精子運動率の低下と関連
- 陰嚢部の過熱回避:ノートPC膝上使用・長時間サウナの回避
栄養補助(補助的エビデンス)
- コエンザイムQ10(CoQ10):抗酸化効果による精子運動率改善の報告あり(1日200〜300mg)
- ビタミンC・E:酸化ストレス軽減
- 葉酸・亜鉛:精子DNA完全性の維持
※サプリメントの効果は個人差があり、単独での劇的な改善は期待しすぎないことが重要です。
精液検査の結果を正しく読む:注意すべき点
精液検査は条件によって結果が大きく変動します。一度の検査で結論を出すことは避け、最低2回以上の検査で評価することが推奨されています(WHO基準)。
検査精度に影響する主な要因
- 禁欲期間:2〜7日が推奨。短すぎると精子数が少なく、長すぎると運動率が低下
- 採取後の時間:採取から30分〜1時間以内に検査室で処理することが基本
- 採取方法:自慰による採取が標準。コンドームによる採取は精子運動率を低下させる場合がある
- 体調・ストレス:直前の発熱・体調不良は精液所見を一時的に悪化させます
よくある質問(FAQ)
Q. クラスAの精子が少なくても顕微授精で妊娠できますか?
A. 顕微授精(ICSI)では1個の精子があれば受精が可能です。精子運動率が低くても、不動精子の中から生存精子を選別してICSIに使用できます。精子が極めて少ない場合はTESEによる精巣内精子採取も選択肢です。
Q. A〜D分類とWHO第6版のPR/NP/IMの対応関係を教えてください。
A. WHO第6版ではA+B→PR(前進運動)、C→NP(非前進運動)、D→IM(不動)に対応します。施設によって表記が異なるため、受診先の記載方式を確認することをおすすめします。
Q. 精子運動率が低い場合、体外受精より顕微授精の方が確実ですか?
A. 前進運動精子数が100万個未満の場合はICSIが適応になる場合が多いです。ただし、IVF(媒精)でも受精できる可能性はあるため、専門医との相談が必要です。
Q. 不動精子(クラスD)は使えないのですか?
A. 不動でも「生存精子」であれば顕微授精(ICSI)に使用できます。HOS(低張膨化)試験で生存精子を選別する方法があります。凍結融解後の精子でも同様です。
まとめ
精子運動性のA〜D分類(またはWHO第6版のPR/NP/IM)は、男性不妊の評価において最も重要なパラメータの一つです。特に前進運動精子(クラスA/PR)の数と割合が自然妊娠・治療選択の基準となります。
運動率低下には原因があり、精索静脈瘤・感染症・生活習慣など治療可能なものも多く含まれます。精液検査で基準値を下回った場合は、泌尿器科・不妊治療専門医に相談し、適切な原因精査と治療選択を行うことが妊娠への最短経路です。
免責事項
本記事はWHO精液検査マニュアル第6版(2021年)等の資料に基づく一般的な医療情報です。個別の精液検査結果の解釈・治療方針については必ず泌尿器科・不妊治療専門医にご相談ください。
この記事を書いた人
EggLink編集部
医療・婦人科専門メディア
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