
がん治療を控えた女性にとって、妊孕性温存は将来の妊娠の可能性を守るための重要な選択肢です。治療開始前に婦人科や生殖医療専門医に相談することで、卵子・卵巣・受精卵の凍結保存という具体的な手段を検討できます。
妊孕性温存とは何か――がん治療前に知っておくべき基礎知識
妊孕性温存とは、がんの手術・化学療法・放射線治療によって損なわれる可能性がある「妊娠する力(妊孕性)」を、治療前にあらかじめ保護・保存しておく医療的アプローチです。2023年度から一部の妊孕性温存治療に公費助成が始まり、経済的なハードルも下がりつつあります。
- 対象:がん治療(化学療法・放射線・手術)を受ける予定の女性
- 目的:治療後に妊娠の選択肢を残す
- 保存方法:卵子凍結・受精卵(胚)凍結・卵巣組織凍結
- 相談先:生殖医療専門医またはがん・生殖医療専門医
なぜがん治療で妊孕性が低下するのか――メカニズムの解説
化学療法に用いるアルキル化剤は卵巣の原始卵胞を直接傷つけ、卵巣予備能(AMH値)を急激に低下させます。骨盤への放射線照射は卵巣機能を不可逆的に損傷する場合があります。子宮頸がん・子宮体がんの手術では子宮そのものを摘出することもあります。
- 化学療法:シクロホスファミドなどのアルキル化剤が卵巣毒性大
- 放射線治療:骨盤照射で卵巣機能障害、子宮への血流低下
- 外科手術:卵巣・子宮の摘出により妊娠不可能となるケースも
- 早発閉経:治療後に月経が再開しても、数年内に閉経に至る場合がある
妊孕性温存の3つの方法――卵子・胚・卵巣組織凍結の違い
現在行われている妊孕性温存には主に3種類あり、患者さんの年齢・婚姻状況・がんの種類・治療開始までの猶予期間によって最適な方法が異なります。
方法 | 対象 | 特徴 | 妊娠率の目安 |
|---|---|---|---|
卵子凍結 | 未婚・単身女性 | 採卵後に凍結。2週間程度必要 | 採卵数・年齢による |
受精卵(胚)凍結 | パートナーがいる女性 | 受精後に凍結。最も実績が豊富 | 胚の質・個数による |
卵巣組織凍結 | 思春期前・化学療法緊急開始が必要な場合 | 採卵不要で即実施可能 | 移植後の自然妊娠も期待 |
卵巣組織凍結は2023年に先進医療から保険収載に向けた動きが進んでおり、白血病などの血液がんでは卵巣への転移リスクを考慮した判断が必要です。
治療の流れ――いつ、どこで、何をするのか
妊孕性温存はがん治療開始の2〜6週間前が理想的なタイミングです。主治医(腫瘍科・婦人科)と生殖医療専門医が連携して進めます。
- 腫瘍科主治医への相談:治療スケジュールと妊孕性温存の可否を確認
- 生殖医療専門医の受診:AMH検査・卵胞数確認・卵巣刺激計画の立案
- 採卵・保存処理:排卵誘発(約10〜14日)→採卵→凍結
- がん治療の開始:凍結保存中はクリニックで管理継続
- がん寛解後の妊娠計画:主治医の許可を得た後、凍結胚・卵子を使用した移植周期へ
「がん治療を急ぎたいが、本当に2週間待てるか」という判断は腫瘍科医と生殖医療医の協議で決まります。無断で遅らせることはしないでください。
費用と公費助成――2025年現在の制度を整理
妊孕性温存の自費治療費は卵子凍結で30〜50万円程度が目安ですが、2023年から「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存治療研究促進事業」として都道府県を通じた公費助成が始まりました。
項目 | 費用の目安 | 助成の有無 |
|---|---|---|
卵子凍結(採卵〜保存) | 30〜50万円 | 対象(上限あり) |
受精卵凍結 | 25〜45万円 | 対象(上限あり) |
卵巣組織凍結 | 30〜60万円 | 対象(上限あり) |
凍結保存維持費(年間) | 3〜5万円 | 対象外の場合が多い |
融解・移植 | 20〜40万円 | 不妊治療保険の対象になるケースも |
助成は都道府県ごとに条件・上限額が異なります。居住地の保健センターまたはがん相談支援センターに確認してください。
相談窓口と専門施設の探し方
「がん・生殖医療」に対応できる専門医は限られています。日本がん・生殖医療学会(JSFP)が公開している認定施設リストを活用することで、対応可能なクリニックを見つけやすくなります。
- 日本がん・生殖医療学会(JSFP):認定施設・医師リストを公開
- がん相談支援センター:全国のがん拠点病院内に設置、無料相談が可能
- 主治医への相談:「妊孕性温存について専門医に紹介してほしい」と直接依頼
- オンライン相談:一部のクリニックではオンライン初診に対応
妊孕性温存を選択しなかった場合の選択肢
温存が間に合わなかった場合・卵巣機能が回復しなかった場合でも、選択肢がなくなるわけではありません。
- 卵子提供(第三者卵子):国内では法整備が進行中。海外では利用可能な国がある
- 特別養子縁組・里親制度:子どもを家族として迎えるもう一つの道
- 無月経・早発閉経のホルモン補充療法(HRT):妊娠を目的とせず、骨や心血管の健康を守る治療
「妊娠できない」という事実をどう受け止めるかは、個人差が大きくあります。心理士・看護師によるがん患者向けカウンセリングを積極的に利用することをお勧めします。
よくある質問
Q1. がんの診断から治療開始まで何日あれば妊孕性温存できますか?
卵子・胚凍結には採卵まで約10〜14日間の排卵誘発期間が必要です。月経周期を待たない「ランダムスタート法」を使えば最短で診断後すぐに開始できます。卵巣組織凍結は手術1回で完了するため、治療直前でも対応可能な場合があります。ただし最終判断は腫瘍科医と生殖医療医の協議が必要です。
Q2. 乳がんの場合、エストロゲンを使う排卵誘発は大丈夫ですか?
ホルモン受容体陽性乳がんでは、通常の排卵誘発がエストロゲン上昇を招くことへの懸念があります。現在はレトロゾール(アロマターゼ阻害薬)を併用した「レトロゾールプロトコル」を使用することで、血中エストロゲンを低く抑えながら採卵する方法が実施されています。担当医に確認してください。
Q3. 凍結した卵子・胚の保存期限はありますか?
医療施設によって異なりますが、多くのクリニックでは5〜10年の保存契約を基本としており、更新可能なケースが大半です。本人死亡後の取り扱いについては事前に書面で確認しておくことが重要です。
Q4. 独身でも卵子凍結できますか?
がんによる医学的適応の場合は、未婚・単身であっても卵子凍結が可能です。凍結した卵子は将来パートナーができた際に使用できます。なお「社会的卵子凍結(健康な独身女性による将来への備え)」とは保険・助成の取り扱いが異なります。
Q5. がん治療後、妊娠するまでにどのくらい待つ必要がありますか?
がんの種類・ステージ・治療内容によって異なりますが、一般的には再発リスクが高い時期(術後2〜5年)を過ぎてから妊娠を試みることが多いです。乳がんでは2〜3年、血液がんでは2〜5年が目安とされています。必ず腫瘍科の主治医の許可を得てから妊娠を試みてください。
Q6. 妊孕性温存をしなかったことを後悔しています。今からできることはありますか?
治療後に卵巣機能が残存している場合は、残存する卵子での体外受精を試みることが可能な場合があります。AMH検査で現在の卵巣予備能を確認することが第一歩です。機能が低下していても、早発閉経の治療や心のケアとして専門家への相談は大切です。
Q7. 小児・思春期のがん患者に妊孕性温存はできますか?
初経前の女児には採卵が難しいため、卵巣組織凍結が主な選択肢となります。思春期以降であれば卵子凍結・胚凍結も検討可能です。小児がんの患者さんの場合も公費助成の対象になる場合があります。
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免責事項:本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の診断・治療を推奨するものではありません。治療方針については必ず担当医にご相談ください。記載内容は2025年5月時点の情報に基づいており、最新の医療情報と異なる場合があります。
この記事を書いた人
EggLink編集部
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