
がんの告知を受けた直後、治療のことで頭がいっぱいになるのは当然のことです。そのなかで「将来、子どもを持てるだろうか」という不安が静かに湧き上がってくる――そうした経験をされる方が、近年確実に増えています。がん治療の進歩により生存率が向上した今、治療前に卵子凍結で妊孕性(にんようせい)を温存するという選択肢は、20〜30代のがん患者さんにとって大切な意思決定の一つになりました。本記事では、がん治療前の卵子凍結がどのような流れで進むのか、どんな葛藤や支えがあるのかを、多くの方の声をもとに整理してお伝えします。
この記事のポイント |
がん告知から卵子凍結までは最短2週間程度で対応できるケースがある |
がん治療医と生殖医療専門医の連携(妊孕性温存外来)が鍵になる |
「将来の選択肢を残せた」という安心感が、がん治療への前向きな気持ちにつながることが多い |
2021年度から国の助成制度が始まり、経済的ハードルも下がっている |
がん告知後に「妊孕性温存」という選択肢があることを知る
がん治療の前に卵子や卵巣組織を凍結保存し、将来の妊娠の可能性を残す方法を「妊孕性温存」と呼びます。抗がん剤や放射線治療は卵巣機能に影響を及ぼす可能性があり、治療後に妊娠が難しくなるケースも報告されています。
日本がん・生殖医療学会によると、AYA世代(15〜39歳)のがん患者のうち、妊孕性温存を希望する割合は年々増加傾向にあります。背景には、がん治療の5年生存率が向上したことで「治療後の人生設計」を考える余裕が生まれたことがあるでしょう。
ただし、すべてのがん患者さんに適用できるわけではありません。がんの種類・進行度・治療開始までの猶予期間によって判断が異なるため、まず主治医に「妊孕性温存について相談したい」と伝えることが第一歩となります。
がん治療前の卵子凍結はどんな流れで進むのか
がん治療医から生殖医療専門医への紹介を受け、排卵誘発・採卵・凍結までを2〜3週間で完了させるのが一般的な流れです。通常の卵子凍結より短いスケジュールで進行するため、「ランダムスタート法」と呼ばれる月経周期に関係なく排卵誘発を開始できる方法が用いられることもあります。
一般的なスケジュールの目安
ステップ | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
1. 主治医への相談 | 妊孕性温存の希望を伝え、治療スケジュールとの調整を確認 | 告知後すぐ |
2. 生殖医療専門医の受診 | 卵巣機能の検査(AMH値・超音波)、凍結の適否を判断 | 1〜3日 |
3. 排卵誘発 | 注射による卵胞の発育促進 | 10〜14日 |
4. 採卵 | 経腟超音波ガイド下で卵子を回収(日帰り処置) | 1日 |
5. 凍結保存 | ガラス化法で急速凍結し、液体窒素タンクで保管 | 採卵当日 |
6. がん治療開始 | 凍結完了後、速やかにがん治療へ移行 | 採卵から数日〜1週間 |
このスケジュールはあくまで目安であり、がんの種類や緊急度によっては短縮・延長されます。ホルモン感受性のあるがん(乳がんなど)では、エストロゲンの上昇を抑える薬剤を併用するなど、がんへの影響を最小限にする工夫が行われています。
治療スケジュールとの調整で感じる葛藤
「がん治療を少しでも早く始めたい」という切迫感と、「将来の妊娠の可能性を残したい」という思いの間で揺れる方は少なくありません。この葛藤こそ、がん治療前の卵子凍結における最も大きな心理的ハードルと言えます。
国立がん研究センターの調査では、妊孕性温存を検討したAYA世代の患者の約6割が「治療の遅れへの不安」を感じたと回答しています。一方で、日本がん・生殖医療学会のガイドラインでは、多くのがん種において2〜4週間の治療開始遅延は予後に大きな影響を与えないとされており、主治医と生殖医療医が連携することで安全にスケジュールを組めるケースが大半です。
「迷っている時間がもったいない」と感じるかもしれませんが、焦って結論を出す必要はありません。わからないことを主治医に率直に質問し、納得したうえで判断することが何より大切です。
心理的な葛藤を支えてくれる存在
がん告知から卵子凍結の決断までの間、医療チーム・家族・同じ経験を持つ仲間の存在が心の支えになったと語る方が多くいます。一人で全てを抱え込む必要は、まったくありません。
医療チームのサポート
近年は「妊孕性温存外来」や「がん・生殖医療連携」を設けている医療機関が増えています。がん治療医、生殖医療専門医、看護師、心理士がチームとなり、治療計画と妊孕性温存の両立を一緒に考えてくれる体制が整いつつあります。
- がん治療医(主治医):治療開始までの猶予期間と、卵子凍結の安全性を判断
- 生殖医療専門医:卵巣機能の評価、排卵誘発・採卵の実施
- 認定がん生殖医療ナビゲーター:情報提供や意思決定のサポート、精神的なケア
- 臨床心理士・カウンセラー:がん告知後の心理的負担への専門的な対応
家族やパートナーとの対話
妊孕性温存の決断は、自分だけの問題ではないと感じる方もいるでしょう。家族やパートナーに自分の気持ちを伝え、一緒に考えてもらうことで「独りではない」と実感できたという声は少なくありません。一方で、まだパートナーがいない段階での決断も十分にあり得ます。将来の自分のために選択肢を残しておくこと自体に、大きな意味があります。
がん治療医と生殖医療専門医の連携が成功の鍵
がん治療のスケジュールを守りながら卵子凍結を安全に行うには、がん治療医と生殖医療専門医の緊密な情報共有が不可欠です。両者の連携がスムーズであるほど、患者さんの身体的・精神的負担は軽くなります。
日本がん・生殖医療学会が運営する「日本がん・生殖医療登録システム(JOFR)」では、がん治療施設と生殖医療施設のネットワーク化が進んでおり、紹介から初診までの時間が短縮される仕組みが構築されつつあります。
連携のポイントは以下の通りです。
- がんの病理情報・治療計画が生殖医療側に速やかに共有されること
- ホルモン感受性がんの場合、排卵誘発のプロトコルをがん治療医が確認・承認すること
- 採卵後の回復期間を見込んだうえで、がん治療開始日を設定すること
- 凍結後も定期的にがん治療側と生殖医療側が情報を更新し続けること
受診先を選ぶ際は、「がん・生殖医療連携」の実績がある施設かどうかを確認してみてください。主治医に「妊孕性温存に対応している生殖医療施設を紹介してほしい」と伝えるだけで、多くの場合はスムーズに連携が始まります。
凍結にかかる費用と助成制度
がん患者の妊孕性温存に対しては、2021年度から国の「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」による助成制度が開始されています。経済的な不安を軽減する仕組みが少しずつ整ってきました。
項目 | 費用の目安 |
|---|---|
排卵誘発〜採卵 | 約20万〜40万円 |
卵子凍結保存(初年度) | 約2万〜5万円 |
年間保管料 | 約1万〜3万円/年 |
国の助成制度では、卵子凍結の場合上限20万円が助成されるほか、都道府県独自の上乗せ助成を行っている自治体もあります。申請には、がん治療医と生殖医療専門医の両方からの書類が必要になるため、早い段階で医療機関に確認しておくとよいでしょう。
費用面が気になって相談をためらう方もいますが、まずは主治医や医療ソーシャルワーカーに「費用の支援制度について知りたい」と伝えてみてください。利用できる制度を一緒に探してもらえるはずです。
卵子を凍結できた後に感じる心理的な変化
「将来の選択肢を一つ残せた」という事実が、がん治療そのものに前向きに取り組む力になったと語る方は多くいます。凍結が完了した瞬間に全ての不安が消えるわけではありませんが、心の中に一つの「お守り」ができたような感覚を覚える方が少なくないようです。
聖マリアンナ医科大学の研究グループの報告では、妊孕性温存を行ったがん患者は、行わなかった患者と比較して治療に対する満足度やQOL(生活の質)のスコアが有意に高い傾向が確認されています。これは凍結卵子を実際に使用するかどうかに関わらず、「選択肢がある」という心理的な安全基盤が影響しているとされています。
がん治療が終わった後の人生は長く続きます。凍結した卵子を将来使うかどうかは、その時になってから考えれば大丈夫です。今は「備えがある」という安心感を、がん治療に集中するためのエネルギーに変えてください。
よくある質問
がん告知から卵子凍結まで、どのくらいの期間が必要ですか?
生殖医療専門医の初診から採卵・凍結までは、一般的に2〜3週間が目安です。ランダムスタート法を用いれば月経周期を待たずに開始できるため、がん治療開始までの猶予が短い場合にも対応できるケースがあります。具体的なスケジュールは主治医と生殖医療専門医が相談のうえ決定します。
抗がん剤治療の開始が遅れることで、がんの予後に影響しませんか?
日本がん・生殖医療学会のガイドラインでは、多くのがん種において2〜4週間程度の治療開始遅延は予後に大きな影響を与えないとされています。ただし、がんの種類や進行度によって判断は異なるため、主治医に「卵子凍結のために治療開始を遅らせても問題ないか」を必ず確認してください。
乳がんなどホルモン感受性のあるがんでも卵子凍結はできますか?
可能な場合があります。排卵誘発の際にレトロゾールなどのアロマターゼ阻害薬を併用し、エストロゲンの上昇を抑える方法が確立されています。がん治療医と生殖医療専門医が連携し、ホルモン値をモニタリングしながら安全に進めるプロトコルが用いられます。
費用はどのくらいかかりますか?助成制度はありますか?
排卵誘発から採卵・凍結までの費用は約20万〜40万円が目安です。2021年度から開始された国の妊孕性温存療法の助成制度では、卵子凍結の場合に上限20万円の助成を受けられます。さらに都道府県独自の上乗せ助成がある場合もあるため、医療ソーシャルワーカーや自治体の窓口に確認するとよいでしょう。
凍結した卵子は何年間保存できますか?
技術的には、液体窒素中(マイナス196℃)での保存であれば長期間の保管が可能とされています。保存期間に法的な上限はありませんが、医療機関ごとに保管契約の期間や更新手続きが異なります。毎年の保管料(約1万〜3万円/年)が発生するため、保管条件を事前に確認しておきましょう。
パートナーがいない場合でも卵子凍結は意味がありますか?
十分に意味があります。未受精卵子の凍結は、パートナーの有無に関わらず将来の妊娠の可能性を残す方法です。パートナーができた時点で、凍結卵子を融解して体外受精に使用できます。「今の自分にできる備え」として、一人で決断される方も多くいらっしゃいます。
凍結した卵子を使わなかった場合はどうなりますか?
使用しないと判断した場合は、ご自身の意思で破棄することができます。また、研究への提供を選択できる施設もあります。「使わなかったから無意味だった」ということはなく、治療期間中の心理的な支えになったという点に大きな価値があるとされています。
まとめ
がんの告知を受けたあと、治療と向き合いながら「将来の妊娠」のことまで考えるのは、とても大きな決断を伴います。しかし、妊孕性温存という選択肢があること、そしてそれを支えてくれる医療チームや制度が存在することを知っておいてほしいと思います。
卵子凍結は「将来、必ず使わなければならないもの」ではありません。「選択肢を持っている」という事実そのものが、がん治療に集中する力と、その先の人生を見据える安心感をもたらしてくれます。一人で悩まず、まずは主治医に「妊孕性温存について相談したい」と伝えてみてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的判断を行うものではありません。治療方針や妊孕性温存の適否については、必ず担当医にご相談ください。
まずは主治医に相談してみましょう
がん治療前の妊孕性温存について詳しく知りたい方は、まず主治医に「卵子凍結について相談したい」と伝えてみてください。妊孕性温存に対応している生殖医療施設への紹介を受けることができます。また、日本がん・生殖医療学会のウェブサイトでは、全国の連携施設を検索することも可能です。一歩を踏み出すことで、将来の選択肢が広がります。
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この記事を書いた人
EggLink編集部
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