
「毎日基礎体温を測るべき」「もっとリラックスすべき」「仕事をセーブすべき」「諦めずに続けるべき」——不妊治療中の「〜すべき」思考は、本来自分を動かすための言葉のはずが、重くのしかかるルールになってしまいがちです。認知行動療法では、この「〜すべき」思考(Should Statements)を「認知のゆがみ」の一つとして捉えます。自分を追い詰める「すべき」から解放される方法を解説します。
この記事のポイント
- 「〜すべき」思考が不妊治療中に悪化しやすい理由
- 自分に向ける「すべき」と他者に向ける「すべき」の違い
- 「すべき」を「したい」「できたらいい」に書き換える練習
- 「すべき」ルールを手放す具体的な方法
「〜すべき」思考が不妊治療中に強まる理由
不妊治療中に「すべき」思考が強まりやすいのには、構造的な理由があります。
- 不確実性への対処として:「何もコントロールできない」という感覚に対し、「〜すべき」というルールを設けることで、「少なくとも自分は正しくやっている」という感覚を得ようとする
- インターネット情報の影響:「体外受精では〜すべき」「移植後は〜してはいけない」という断定的な情報が「すべき」ルールを増殖させる
- 自己批判との連鎖:「〜すべきだったのにできなかった」→「だから失敗した」という自己批判のループに入りやすい
- 周囲からの善意の圧力:「もっとリラックスすれば妊娠できる」「鍼に通うべき」などの言葉が外部からの「すべき」ルールとして内面化される
「すべき」の3種類——自分・他者・世界
「すべき」思考には方向性があります。自分に向けるものだけでなく、他者や世界への「すべき」も同様に苦しさを生みます。
種類 | 例 | よく生じる感情 |
|---|---|---|
自分への「すべき」 | 「もっと頑張るべき」「余裕を持つべき」 | 罪悪感・自己嫌悪・疲弊 |
他者への「すべき」 | 「パートナーはもっと理解すべき」「医師はもっと親身であるべき」 | 怒り・失望・不信感 |
世界への「すべき」 | 「頑張れば妊娠できるはず」「努力が報われるべき」 | 無力感・虚しさ・絶望 |
自分を苦しめている「すべき」がどの種類に属するかを意識するだけで、少し扱いやすくなることがあります。
「すべき」を書き換える——3段階のアプローチ
「すべき」を無理に消そうとするより、言葉を置き換えることが有効です。以下の3段階で練習してみてください。
ステップ1:「すべき」を拾い出す
「今日自分に言っている『すべき』を3つ書き出す」。紙に書くことで、頭の中で混在していた「すべき」が可視化されます。
ステップ2:根拠を問う
「この『すべき』はどこから来ているか?」「誰がそう決めたか?」「これを守れなかったら本当に悪い結果になるか?」と自問します。
ステップ3:言葉を置き換える
- 「〜すべき」→「〜したい(もしできれば)」
- 「〜しなければならない」→「〜するといいかもしれない」
- 「〜であるべき」→「〜であれたらうれしい」
例:「基礎体温を毎日測るべき」→「基礎体温を測れたら、体の状態を把握しやすい」
例:「もっとリラックスすべき」→「リラックスできたら、今より楽かもしれない」
不妊治療中によくある「すべき」と対処例
不妊治療中に特によく見られる「すべき」思考と、その緩め方を具体的に紹介します。
- 「採卵後はとにかく安静にすべき」→ 医師から指示された安静範囲内で動くのは正当。「完全に動かないべき」という過度なルールは手放す
- 「移植後は○○を食べるべき・食べてはいけない」→ 医師から特別な指示がない限り、一般的な食事バランスで十分。情報の洪水に振り回されない
- 「泣いていてはいけない」→ 泣くことはストレス発散として有効。泣いていい
- 「仕事をセーブすべき」→ 仕事が気分転換になっている場合もある。全か無かで考えない
- 「次の周期こそ頑張るべき」→ 「頑張る」の定義を広げる。体と心を整えることも「頑張り」の一形態
自己批判から自己共感へ——「すべき」から解放される土台
「すべき」思考の根底には、自己批判が根づいていることが多くあります。「〜すべきだったのにできなかった自分」を責める習慣を変えるために、自己共感(セルフ・コンパッション)のアプローチが有効です。
- マインドフル・モーメント:「今つらいと感じている」とただ気づく(判断しない)
- 共通の人間性を認める:「こんなにつらい経験をしているのは自分だけではない」
- 自己への優しさ:「この状況で自分にかけてあげる言葉を、親友にかけるとしたらどう言うか」を考えて、自分に言う
よくある質問
Q1. 「すべき」思考を手放したら、治療への努力が弱くなりませんか?
「すべき」による努力と「したい」による努力は質が異なります。「すべき」は義務感から来る疲弊しやすい努力、「したい」は主体性から来る持続しやすい努力です。「すべき」を緩めると、かえって治療に向き合う余裕が生まれることが多くあります。
Q2. パートナーへの「すべき」(もっと協力すべき等)が消えません。
他者への「すべき」は、自分の期待が満たされていないサインです。「パートナーにすべき」の前に「私はパートナーに〜してほしい」と書き換えると、伝えるべき要望が明確になります。要望を直接伝えることが「すべき」の解消につながります。
Q3. 「リラックスすれば妊娠できる」と言われて「リラックスすべき」と思い込んでいます。
「リラックスすれば妊娠できる」は過度な単純化です。ストレスが妊娠に影響する可能性はゼロではありませんが、それが唯一の原因であることはほとんどありません。「リラックスできないから妊娠できない」という自己批判ループは手放してください。
Q4. 「すべき」思考に気づけているのに、やめられないのはなぜですか?
気づくことと変えることの間には時間差があります。「気づけた」だけで十分な進歩です。「やめられない自分をまた責める」のではなく、「また『すべき』が来た、気づいた」と観察するだけにしてください。
Q5. 不妊治療を「やめるべきか続けるべきか」が混乱しています。
これは「すべき」の問題というより、価値観の整理が必要な問いです。「どちらをすべきか」より「どちらを選んだ自分が納得できるか」という視点で考えてみてください。担当医・カウンセラーと相談することも有効です。
まとめ
不妊治療中の「〜すべき」思考は、不確実な状況をコントロールしようとする自然な反応です。しかしそれが自己批判のループに入ると、治療そのものの疲弊を加速させます。
「すべき」を拾い出し、根拠を問い、「したい」に書き換える練習を繰り返すことで、少しずつ義務感から解放されていきます。完璧にやめる必要はありません。「また来た」と気づけるだけで十分です。
不妊治療中のメンタルケアについて専門家に相談する
「すべき」の重さで消耗しているなら、一度専門家に話してみてください。認知行動療法・ACTを実践するカウンセラーへのつなぎも可能です。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、診断・治療の代替となるものではありません。個別の状況については、担当医師や専門カウンセラーにご相談ください。
この記事を書いた人
EggLink編集部
医療・婦人科専門メディア
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