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流産後の男性のメンタル|見えない悲嘆

2026/4/19

流産後の男性のメンタル|見えない悲嘆

流産後、「自分が悲しんでいいのか分からない」「泣けない自分はおかしいのか」と感じる男性は少なくありません。パートナーの流産を経験した男性の約1〜2割に、臨床的に有意なうつ症状や悲嘆反応が現れると報告されています。

しかし現実には、男性の流産後の精神的ダメージは社会的に見えにくく、適切なサポートが届きにくい状況が続いています。この記事では、男性が流産後に経験する心理的プロセスの医学的背景と、実際に使える対処法・相談先を専門的な視点から解説します。

この記事のポイント

  • 男性の流産後のメンタルへの影響は医学的に確認されており、「悲しむことへの正当性」はエビデンスが裏付けている
  • 「社会的に認められない悲嘆(ディセンフランチャイズド・グリーフ)」という概念が、男性の孤立感を説明する
  • 悲しみの表現スタイルに性差があることが知られており、「泣けない」は異常ではない
  • 具体的な相談先と、パートナーとの関係を守るためのコミュニケーション法がある

男性も流産後に深刻な精神的影響を受ける——研究が示す実態

流産後の男性の精神的影響は、近年の研究で明確に確認されています。英国NHS(国民保健サービス)は、流産・死産後のメンタルヘルス対応ガイドラインで、男性パートナーへの心理的サポートを明記しています。

主要な研究データ

  • うつ症状の発症率: 流産後1〜3か月の男性パートナーのうち、約10〜18%に臨床的なうつ症状が認められるとする研究が複数報告されています(Rinehart & Kiselica, 2010; Serrano & Lima, 2006)
  • PTSDに類似した反応: 死産・後期流産を経験した男性では、外傷後ストレス障害(PTSD)に類似した侵入思考・回避行動が見られるケースがあると報告されています
  • 悲嘆の持続期間: 男性の悲嘆反応は、女性に比べて遅れて出現し、数か月後に強くなる傾向があることが指摘されています
  • 「強くあること」の圧力: 男性の多くが「パートナーを支えなければ」という義務感から、自分の悲しみを後回しにすると報告されています

なぜ男性の悲しみは見えにくいのか

流産を経験した男性の多くが、周囲から「大丈夫?」と聞かれることなく過ごします。これには構造的な背景があります。

  • 妊娠中の身体的変化を経験するのは女性であり、男性は妊娠の「実感」を持ちにくいとされている
  • 医療機関での診察・手術に立ち会っていない場合、喪失の現実感が薄れやすい
  • 職場や社会では「流産はパートナーの問題」として認識されることが多く、男性は忌引や休暇を取得しにくい
  • 「男は泣くな」「強くあれ」という社会規範が、感情表現を抑制する

これらの要因が重なり、男性の悲嘆は外に出ないまま蓄積されやすくなります。

「社会的に認められない悲嘆」——ディセンフランチャイズド・グリーフとは

悲嘆研究の権威ケネス・ドカ(Kenneth Doka)が提唱した「ディセンフランチャイズド・グリーフ(Disenfranchised Grief)」は、「社会的に正式な悲しみとして認められない喪失に対する悲嘆」を指す概念です。流産後の男性の心理を理解する上で、最も重要な概念の一つとされています。

ディセンフランチャイズド・グリーフとは何か

通常の死別(親族の死など)では、葬儀・忌引制度・周囲からの弔意など、「悲しんでいい」という社会的な許可が与えられます。一方で以下のような喪失は、しばしばその許可が得られません。

  • 流産・死産(特に初期流産)
  • 不妊治療の失敗
  • ペットの死
  • 元パートナーとの別離

流産後の男性パートナーは、この「ディセンフランチャイズド・グリーフ」の典型的な例とされています。子どもを直接体内で育てていたわけではないという理由から、男性の悲しみは「二次的なもの」と見なされやすく、周囲からのサポートも限られます。

「悲しんでいい」——正当性の根拠

ドカの理論的枠組みに基づけば、流産後の男性が深く悲しむことには完全な正当性があります。喪失したのは「将来への期待」「子どもとの関係のイメージ」「家族としての未来」であり、これらは実在した感情的な投資です。

心理学的には、喪失の重さは身体的接触の有無ではなく、その対象にどれだけの意味を付与していたかによって決まるとされています。妊娠初期であっても、「父親になる」という意識を持っていた男性が深く悲しむことは、心理学的に自然な反応です。

男性の悲嘆スタイル——「泣けない」は異常ではない

悲嘆研究では、悲しみの表現スタイルに性差があることが知られています。ウォルデン(Warden)の「二重過程モデル」では、悲嘆のプロセスを「喪失志向(感情の処理)」と「回復志向(日常への復帰)」の二つに分類しています。

悲嘆スタイルの違い

スタイル

特徴

多く見られる傾向

直感的悲嘆(Intuitive)

感情を直接表現する。泣く、感情を言葉にする

女性に多い傾向

道具的悲嘆(Instrumental)

行動・問題解決を通じて処理する。調べる、整理する、仕事に没頭する

男性に多い傾向

「道具的悲嘆」スタイルの男性は、泣くより「何かをする」ことで悲しみを処理します。これは感情がないわけではなく、処理の仕方が異なるだけです。流産後に部屋を片付けたり、次の妊娠に向けた情報を集め始めたりする行動は、この道具的悲嘆の現れとして理解されます。

遅れてやってくる悲嘆

男性の悲嘆が遅れて表面化することは、複数の研究で指摘されています。流産直後は「パートナーを支えなければ」という役割意識が前面に出て、自分の感情処理が後回しになりやすいとされています。数週間〜数か月後に突然、理由の分からない気力の低下、怒りっぽさ、集中力の欠如という形で現れることがあります。

これらの症状が2週間以上続く場合、適応障害や抑うつ状態の可能性があり、専門家への相談が勧められます。

流産後の男性に現れやすい心理・身体症状

流産後の男性が経験する可能性のある症状を、心理・行動・身体の3領域で整理します。以下の項目が複数あてはまり、日常生活に支障が出ている場合は、専門機関への相談を検討してください。

心理・感情面の変化

  • 理由の分からない悲しみ、虚無感
  • 怒り(医療者・神・「うまくいっている妊婦」への怒りを含む)
  • 「自分のせいではないか」という根拠のない罪悪感
  • 次の妊娠への強い不安、または逆に無関心
  • 赤ちゃん用品・妊娠中の記念物への回避行動
  • 将来の見通しが持てなくなる感覚

行動・生活面の変化

  • 仕事・趣味への集中力低下
  • 飲酒量の増加、過食・拒食
  • パートナーとのコミュニケーション回避
  • 子ども・妊婦が映る場所・コンテンツを避ける
  • 逆に「すぐ次の妊娠を」と強迫的に行動する

身体面の変化

  • 睡眠障害(寝つきの悪さ、早朝覚醒)
  • 食欲不振、体重変化
  • 頭痛、胃腸症状などの身体化症状
  • 慢性的な疲労感

男性が実践できる具体的な対処法

流産後の悲嘆への対処は、「感情を無理に克服する」のではなく「悲嘆のプロセスを正しく進む」ことが目的です。以下の方法は、悲嘆研究や臨床心理学の知見に基づいています。

1. 悲しみを「正式な喪失」として認める

最初のステップは、自分の悲しみに名前をつけることです。「流産という喪失を経験した」「自分は悲しんでいる」と言語化することで、感情の処理が促進されると報告されています。日記に書く、信頼できる友人に話す、といった行動が有効とされています。

2. 小さな追悼の形を作る

葬儀や法要という制度的な追悼の機会がない流産では、自分なりの「けじめ」を作ることが、悲嘆の区切りに役立つとされています。木を植える、お気に入りの場所を訪れる、子どもへの手紙を書く、といった行動が挙げられます。パートナーと一緒に行うことで、共同の悲嘆プロセスとして機能する場合があります。

3. パートナーとの「悲しみのズレ」を理解する

流産後のカップルは、悲嘆のスタイルや速度が異なることで関係に摩擦が生じやすいとされています。女性が「もっと一緒に泣いてほしい」と感じる一方、男性が「早く前を向こう」と提案することが、すれ違いを生む典型的なパターンです。

重要なのは、相手の悲嘆スタイルを「おかしい」と判断せず、異なるプロセスを並走していると理解することです。定期的に「今どんな気持ちか」を言葉にする時間を意図的に設けることが、カップルカウンセリングでも推奨されています。

4. 孤立しない——男性向けサポートリソースの活用

「男性なのに弱音を吐いていいのか」という葛藤は、流産後の男性が専門家への相談を避ける主な理由の一つです。しかし、悲嘆カウンセリングは弱さではなく、心理的な健康を維持するためのメンテナンスとして位置づけられています。

相談できる窓口と専門機関

流産後に精神的な苦しさを感じたときに利用できる機関を紹介します。

メンタルヘルス相談窓口

機関・窓口

対象・特徴

連絡先

よりそいホットライン

24時間・無料。精神的な苦しさ全般

0120-279-338

こころの健康相談統一ダイヤル

都道府県の相談窓口につながる

0570-064-556

産婦人科クリニックの心理士

流産経験者向けカウンセリングを実施する施設がある

各施設に問い合わせ

精神科・心療内科

うつ症状・睡眠障害が続く場合。保険適用

かかりつけ医に紹介を依頼

当事者コミュニティ

同じ経験を持つ男性と繋がることで、「自分だけではない」という感覚が回復を助けるとされています。日本では流産・死産経験者向けのオンラインコミュニティや、グリーフサポート団体(例:「グリーフサポートせたがや」「SIDS家族の会」等)が存在します。

男性専用の流産グリーフグループは日本ではまだ少ないものの、産後うつや父親支援を専門とするNPOが相談を受け付けている場合があります。

専門家に相談すべきタイミングの目安

以下の状態が2週間以上続く場合は、精神科・心療内科への受診が勧められます。

  • ほぼ毎日、気分の落ち込みや無気力感が続く
  • 睡眠・食欲に明らかな変化がある
  • 仕事・日常生活に支障が出ている
  • 「消えてしまいたい」「いなければよかった」という考えが浮かぶ

最後の項目(希死念慮)がある場合は、2週間を待たず速やかに相談することが重要です。

流産後のパートナーとの関係——支えながら自分も支えてもらう

流産後のカップルにとって最も難しいのは、「相手を支えながら自分も回復する」という二重の課題です。心理学的な観点から、流産後のカップルに有効とされているアプローチを紹介します。

「解決しようとしない」聴き方

男性は問題解決志向が強い傾向があるとされており、パートナーが悲しみを語る際に「じゃあ次の妊娠に向けて〜」と提案してしまいがちです。しかし流産直後の悲嘆のプロセスでは、「解決策」より「共感」が求められている場合が多いとされています。

「それは辛かったね」「一緒に悲しもう」という言葉が、「次こそ頑張ろう」より有効な場面は多くあります。

自分の悲しみを「見せる」ことの意味

パートナーにとって、男性が悲しみを表現することは「一人じゃない」という安心感を生む場合があります。「泣けない」のは自然なことですが、「悲しい」「辛い」という言葉を伝えることは、涙を必要としません。

心理的安全性の観点から、感情の共有が「ケアの関係」を双方向にすることが、カップルの回復を早める要因の一つとされています。

よくある質問(FAQ)

Q. 流産後、男性が泣けないのはおかしいですか?

おかしくありません。悲嘆研究では「道具的悲嘆スタイル」として知られており、男性に多い傾向とされています。行動・問題解決を通じて悲しみを処理するスタイルであり、感情がないわけではありません。泣けないことへの罪悪感を持つ必要はないとされています。

Q. 流産後、どのくらいで気持ちが落ち着くものですか?

個人差が大きく、一概には言えません。ただし研究では、男性の悲嘆は女性より遅れて出現し、数か月にわたって続く場合があることが報告されています。「早く立ち直らなければ」と焦る必要はなく、悲嘆には時間が必要とされています。2週間以上、日常生活に支障が出る状態が続く場合は専門家への相談が勧められます。

Q. 流産後に怒りを感じるのは正常ですか?

正常な悲嘆反応の一つとされています。キューブラー・ロスの悲嘆の5段階でも「怒り」は重要なプロセスとして位置づけられています。医療者への不満、「なぜ自分たちが」という理不尽さへの怒り、自分への怒りなど、対象はさまざまです。怒りの感情そのものは問題ではありませんが、パートナーへの暴言・暴力には繋げないことが重要です。

Q. 流産後に「すぐ次の妊娠を」と急ぐのはなぜですか?

「代替思考」または「喪失の否認」として理解されることがあります。悲しみから距離を置くための回避行動の一形態とも考えられています。次の妊娠への前向きな意欲が本物であれば問題ありませんが、「悲しみを感じないために前に進む」場合は、処理されていない悲嘆が後に出てくる可能性があるとされています。

Q. パートナーと悲しみのペースが違いすぎて関係が辛いです。

流産後のカップルに非常に多く見られるパターンです。女性が感情的に悲しみ続ける一方、男性が「前を向こう」と提案することは、悲嘆スタイルの差異から生じます。どちらが正しいということではなく、異なるプロセスを同時に歩んでいると理解することが大切とされています。カップルカウンセリング(夫婦療法)は、このような状況に有効とされており、産婦人科紹介や民間のカウンセリング機関で受けることができます。

Q. 流産後、男性が精神科を受診することに抵抗があります。

抵抗感を持つ方は多くいます。ただし、精神科・心療内科は「重篤な疾患の人が行く場所」ではなく、日常的な心理的苦しさにも対応する専門機関です。まずはかかりつけ医や産婦人科の主治医に「精神的に辛い」と伝えることで、適切な機関に繋いでもらえます。カウンセリングのみの利用(精神科処方なし)という選択肢もあります。

Q. 初期流産(8週未満)でも男性は深く悲しんでいいですか?

はい。悲しみの深さは妊娠週数によって決まるものではありません。「父親になる」という期待・イメージ・計画に投資していた感情は実在しており、その喪失は週数に関わらず悲しむに値します。「まだ初期だったのだから」と自分の悲しみを矮小化する必要はないとされています。

Q. 職場で流産後の男性が休暇を取ることは一般的ですか?

日本の法制度では、男性パートナーの流産後休暇は現時点で義務化されていません。英国では2024年以降、流産後24週未満の場合も男性パートナーに一定の休暇権利が認められるよう法整備が進んでいます。日本では企業の任意制度として対応が始まっているケースがありますが、まだ普及途上です。有給休暇・特別休暇の取得を含め、上司や人事部門への相談が選択肢となります。

まとめ

流産後の男性が深く悲しむことは、医学的・心理学的に正当な反応です。「ディセンフランチャイズド・グリーフ」という概念が示すように、男性の悲嘆が社会的に認められにくいことは構造的な問題であり、個人の弱さではありません。

泣けなくても、感情を言葉にしにくくても、それは「道具的悲嘆スタイル」として正常な範囲内とされています。ただし、日常生活に支障が出る症状が2週間以上続く場合は、専門機関への相談が勧められます。

パートナーと悲しみのペースが違うことに苦しんでいる方には、カップルカウンセリングという選択肢があります。一人で抱え込まず、必要であれば「弱音を吐く」ことが、長期的な回復を早める可能性があります。

次のステップ

精神的な苦しさを感じているなら、まずかかりつけ医か産婦人科に「パートナーの流産後、気持ちが辛い」と伝えてみてください。適切な専門機関や相談先を紹介してもらえます。一人で解決しようとせず、最初の一歩を踏み出すことが、回復の始まりとなります。

免責事項

この記事は医療・心理に関する一般的な情報提供を目的としており、個々の診断・治療・カウンセリングの代替となるものではありません。症状や精神的な苦しさについての判断は、必ず担当の医師・専門家にご相談ください。

参考文献・情報源

  • Doka, K. J. (1989). Disenfranchised grief: Recognizing hidden sorrow. Lexington Books.
  • Rinehart, M., & Kiselica, M. S. (2010). Helping men with the trauma of miscarriage. Psychotherapy: Theory, Research, Practice, Training, 47(3), 288–295.
  • Serrano, F., & Lima, M. L. (2006). Recurrent miscarriage: Psychological and relational consequences for couples. Psychology and Psychotherapy, 79(4), 585–594.
  • NHS England. (2023). Bereavement care following pregnancy loss and perinatal death. NICE Guideline NG231.
  • 厚生労働省「流産・死産を経験された方へのメンタルヘルスケア」
  • 日本産科婦人科学会「産婦人科診療ガイドライン産科編」
  • Worden, J. W. (2009). Grief Counseling and Grief Therapy (4th ed.). Springer.

最終更新日:2026年04月29日|医師監修

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この記事を書いた人

EggLink編集部

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公開:2026/4/19更新:2026/4/28